もう少し記事のベクトルを修正したいところですね。

こんなフレーズがありました。

「教育とは学ぶ心に火をつけることだ」

確か、こうだったと思います。

自分には関係ないや、の無関心と対極にある状況です。

物事にはすべて両面があり、

すべてのことが自分に関係がある、と

思い始めたら、人生、いくら時間があっても足りませんね。

はい。

屁理屈です(笑)

まあ、屁理屈も含め、

「なぜなんだろう」

「そうなのか、面白い」

これをまったく抜きに受験勉強をするのは苦痛にほかなりません。

わかるようになっていく自分自身を頼もしく思えず、

「頑張っても報われないんだ」と思い続けたら、

つらさだけになります。

それを知っていたら、保護者の導きは自ずから変わってきます。

ということで、今回は「変わり者」のブログ主の個人的な体験の話です。

人生、いろいろなことが絡まりあっているんですね。

現役で大学に合格できず、東京の予備校に通い始めたある浪人生に

ひとりの友人ができました。

この友人も変わり者で、早稲田の理工に現役合格しておきながら、

「やっぱり京大(法学部)に行く!」と大学をやめて予備校に通っていた人物です。

彼は言います。「世界史には自信があるんだ」

でもその地方出身の浪人生は「世界史もいいけど、地理はもっと自信があるよ」

早大理工抹籍の彼は「ナニィ?世界史、オレより点数いいくせに、

いちばん自信があるのは地理だあ? 許せねえ!」

でも実際そうなのでどうしようもありません。

そこで思い出すのは一人の地理の先生。高校(公立)で出会った先生でした。

毎回の授業でプリントを配ります。

まあ細かい細かい手書きのプリント。

はっきり言ってこの授業を受けていればたいがいの受験生には負けない!

そう思うぐらい細かい細かい内容でした。

予備校のときの世界史のS先生の板書も凄かったですが、

この高校のH先生のプリントは凄かったですね。

で、このH先生のクチグセが

「地図帳も教科書も間違いだらけだ。オレなんか毎年各出版社に

間違い指摘の手紙を送っているのになかなか直らない!」

帝国書院の地図帳が数百箇所間違っていると言います。

十数箇所じゃないですよ。桁が違います。

高一で地理を習ったときまず思ったのが、

「そんなことあるかい!」

でもH先生が言うのには

「山脈の名称なども1ミリずれていたら誤解のもとだ」

何?誤字脱字の類ではないと?

文字の位置や、色付けも含めて数百箇所だと?

出版社はこういう先生に校正依頼をしないといけません。

編集者としてはゼッタイ敵に回したくない人物です。

高1時点でこのH先生のハードワークをこなしたおかげで、

高2で習った世界史の時間、T先生の授業はさっぱり聞かず、

ほぼ1年の間、教科書をノートにまとめる(マイノートを作る)

だけで過ごしました。高3の日本史はもうすでに、

入試教科から除外していたので、チンプンカンプンでしたね。

それはそれで大人になってから新鮮な驚きがあって

よかったですけど。

地理のH先生が自分に残してくれたものを思い出していくと、

まずはこれでしょう。

雨温図東京cfb

雨温図の解読。

雨温図が出て、これ何気候でしょうってヤツ。

たぶん地理の設問の2%ぐらいの比重しか試験には出ない

はずですが。おかげでカンペキでした。

直接中学受験とは関係ないかのように思いますが、

まさにこれが学びの構造で、差がつく部分、実際差がついた部分

ということです。

(つづく)

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