なぜか前の記事で思いっきりまとめに走ってしまったカンジですが、

中学受験を見ていて何度も戻ってくるポイントは間違いなくここです。

地方の公立出身の自分が、自分が受けてきた教育のほうが

優れていたとはまったく思いませんし、かといって首都圏(関西圏)で

経験する中高一貫教育が圧倒的だとも思いません。

中高一貫の真髄を自分が知らないだけなら話はここで終わりなのですが、

ある有名校のように「どんな難関大学進学よりも

本校で過ごしたかけがえのない6年間は人生の宝です」

なんてOBの先生が発言してしまうようでは、それはそれで

経験者もわかってないのかな、と。

結果的に中高で過ごした6年間でできた友だちこそが財産というのも

わかりますが、これは必ずしも一貫校ではなくても言えることですから。

人間、自分が信じて進んできた道が「間違っていた」とは

思いたくないわけですから、正解だったかどうかよりも、

それを正解に「すればいい」だけです。

中学受験に限らず「プロ」は本当のことは言わない。

自分の不利益になることは口にしない。

当然と言えば当然ですが、あえて言わないのではなく、

実は気づいていないのではないかというフシも感じられます。

気づいても不幸になるだけかもしれませんから。

しかし、中高6年間でいろいろな仲間に出会い、

学校生活ならではのさまざまな経験をし、

さらには進学して、学びを深め、世の中を知り、

自分がいかに行動すべきかを理解するためには、

十代のうちからさまざまなことに興味を持つ必要が

あると思うのです。

「自分はバカだからどうせできない」

と最初からあきらめている人の多くは、

「自分に関係のないことには興味がない」

と言います。

じゃあ、そのことが自分に関係あるのかないのかは

誰が判断しているのでしょう。

バスの中で足の不自由な高齢者がいたり、

道に迷っている外国人観光客がいたりすることが

あっても、自分に関係がないと思えば、それで終わりですよね。

つまり周りを見ない習慣がついた大人になるだけなのです。

わざわざ中学受験をして、中高一貫校で、たとえ公立ではできない

体験に出会ったとしても、そこから興味・関心を広げるかどうかは

本人次第。そういった知識や体験のあらゆるつながりは、

人の親になり、人生80年の半ばに差し掛かったあたりで、ふと

「ああ、そういえば…」となることばかりなのです。

非常識なことも「誰の迷惑にもなっていない」と言い張る大人が

増えていますが、

「人によってはこれを迷惑に感じる人もいるんだな」

その感性が育っていないと、それ以前に社会でトラブルの種になること

でしょう。

自分も公共の乗り物の中でたまたまブログを書いていて

「こりゃキーボード音、うるさいかな」

こう思うこともありますしね。

そんなの関係ない…はギャグだけで十分ですよね。

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