これもカンタンに答えの出る問題ではありません。

プロだったら結果を残せ、

結果だけにこだわるな、過程も大切、

どっちが正しいのでしょうか?

ここでそれを論じていても結果は出ません。

マラソンのメダリスト、有森裕子さんの

「自分で自分を誉めたい」はすっかり名言化してひとり歩きして

しまいましたが、

人間というのは原則として自分を肯定する存在です。

だって、自分の存在を否定したら、進む道は不幸な方向へ

向かってしまいますから。

ただいくら努力してもできない、ということもあります。

もう少し努力したらできるのか、どんなに努力してもできないのかは

ある程度やってみないとわからないものです。

でも「できない自分」は嫌なので、努力を続けるか、

さもなければ、その目標そのものを否定するか、行動は2つに1つのような

気がします。

「学校の勉強なんていくら頑張っても世間で役に立たない」

のではなく、

「世間の役に立つような勉強(勉強法)をしていない」

ということですね。

自分もさまざまな立場の人間のことを理解しようと努力してきましたが、

相手の立場を考えてみる、ことからすっかり背を向けている人のことは

あまり理解したいと思いません。

それは理解し合う可能性が薄いからなのですが、性質がすぐに

見返りを求める欲深い性質なもので…(笑)

かつての部下にこんな男がいました。

腰が低く一生懸命。営業職です。少なくとも外見は営業という職務に

向いていると思えるスタッフでした。

ですが、論理的思考がまったくダメでした。

特に営業なのに自分のあげた成績を俯瞰することができません。

彼の立てた事業計画は…

例えば年間の売上が6000万としましょう。

半年経過した時点でいくらに到達していればよいでしょうか?

半年経過時点の売り上げが1500万だったらどうでしょう?

計画達成は危ういと考えるのが普通の考え方です。

でも彼は感覚的にこう言うのです。

「計画が達成できなくても計画値に近いところまでは行く」

まあ、上司からしたら「なぜそう思う?」です。

理由は

「もっと頑張るから」

いやいやマジな話です。

じゃあ「なぜこんな計画になったの?」

ホンネを言えばどう考えてもノルマが厳しすぎる、というのが答えでしょう。

本来の計画は4000万なのに6000万で立ててしまった…

でも半年経過して1500万しか成績があがっていない。

こうして何がいけないのかに目をつぶって(というか理解する気がなく)

毎年を過ごしていきます。

これは上司から見て単なる嘘つきですが、

立場を替えてみると自己肯定のあまり、とっている行動であるとも言えます。

ノイローゼになって出社拒否となるほうが、会社のためによいのか?

そういうことです。

ただ200万のシゴトを必死に時間を費やして獲得し、

800万のシゴトをあっさり諦めるようでは、いつまで経っても事業は

好転しないわけですね。

人間すべてホンネとタテマエがあると思いますが、

この人物、ウラオモテがほとんどないとさえ言えます。

つまり自分が「なすべき」ことと「なしえている」ことのギャップを

全然認識できていないということです。

そのギャップを小さくするのは努力ですが、

なしえていることがなすべきことを追い越すことは

ありえないのですから。

「なりたい自分」は欲でもあります。

努力と欲のバランスが整っていないと

「どうせ自分はバカだからできない」

と諦めの方向に発想が進みます。

冒頭の有森さんのコトバと比較して、全然名言でもありませんが

「自分はまだ本気を出していないだけ(本気を出したらもっとスゴイ)」

こういう発想でいたほうが、人生は最後まで楽しいと思うのです。

医学が発達していますから、健康で長生きするテクニックは

かなり確立しているでしょう。あくまでそれは肉体的な部分ですけどね。

メンタルも健康というのはなかなか難しいことで、

「自分はできなくて当然」と割り切ったほうがラクであったりします。

いまからホンキを出したら100mを10秒台で走れる…

なんて幻想じゃなくて、しかるべき目標、その努力のちょっと先に見えるものを

確かめながら生きていけるのが理想です。

でも…成果主義は…「いまの自分」の自分とは無関係に、

「あるべき自分」だけが上から降りてくるとすると、非常に怖いものだと思います。

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